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カンボジアで感じたこと。
カンボジアって、行くまでは、ほとんどが農村で、ほとんどが地雷原で、みんな地雷原の中で農作業をしてて被害が絶えない、そんなイメージを抱いていました。

でも初めに着いたシェムリアップという街(アンコールワットの近くの街です)は、お店やホテルがいっぱい立っていて、車やバイクが行き交い、観光客が沢山いて、この国に地雷が埋まっているとは到底思えない状況でした。
次の日、カンボジアの西、タイとの国境近くのパイリンという町まで、舗装されていないガタガタ道を行き、ようやくイメージしていた農村の風景を見ることができました。

農村での暮らしは、大人も子どもも一緒にのんびり過ごし、穏やかな空気が流れているように感じました。

次の日、いよいよ地雷原の視察に行きました。
地雷原の前に立った時、何を感じるだろう?これは大問題だ、なんとかしなければ!と衝撃が走るのかなと考えたりしましたが、実際に地雷原の前に立つと、現実のこととして、すぐに認識できないというのが正直な気持ちです。
地雷が埋まっているかもしれないという状況が、日本では考えられないことなので、すぐに現実のこととして理解できない状態です。
映画か夢を見ているかのような感じです。
目に見えないことなので、余計に実感しにくいのかもしれません。
それゆえに、地雷の問題を伝えることの難しさを感じます。
ただ、今すぐにはわからなくても、地雷原の前に立ったという経験は、心の奥深くに入り、これからの人生にとても大きな影響を与えていくことになるんだろうと感じています。

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